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「東洋思想の人間学」活学講座

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【大学・論語・孟子・中庸/易経・詩経・書経・礼記・春秋】
自分の中にある借り物でない答えを本人自身が如何に引き出すか

☯この講座のねらいと概要
自分のものとして東洋思想の古典を学び、自分の解釈を深めるという伝統的な学習法は、自分自身に問いを投げかけることで、自分自身のなかにある答えを、本人が自分で引き出すための技術である。そのため、東洋思想の伝統的学習法は、学ぶあなたの知識を深めるばかりでなく、同時に、あなた個人が持つ可能性を最大限に引き出すための手法でもある。
ここでは、東洋思想の中で儒学の古典を概観するものです。

 

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【年ごとに咲くや吉野の山桜 木を割りて見よ花のありかは】

☯この講座のねらいと概要
我々の為し得る四書五経への参究とは、四書五経を自ら深く読み込み、自ら何事かを発見し、自らの言葉でその何事かを語り得ることでありましょう。
真っ直ぐで標準から離れず、礼儀に適い正式でふさわしいこと。  

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【ひそかに心に刻むとはどういうことか】
「述べてつく作らず!」「默して、これを識す」

☯この講座のねらいと概要
「述べてつく作らず!」「默して、これを識す」と語った孔子の真意を探る。

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【陽明学入門】
「良知良能・物をただして知を致す。」

☯この講座のねらいと概要
「不景気など言ふて不勘定なるは不精の家なり。」中井家の家訓等を参考に、陽明学の考え方を探る。

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【諸葛孔明の子孫への遺言】

☯この講座のねらいと概要
諸葛孔明の子孫への遺言を参考に、性・静について考えます。性とは、その存在の天賦自然の本質のこと。
儒学で言う「性」とは、万物それぞれの本質。あるいは核心のことをいいます。
ですから、儒学や易では、その人の本質あるいは核心という意味で、命や心のことを「性」というのです。

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【「素」の思想】

☯この講座のねらいと概要
素とは、【現在・ありのまま】のこと。君子は、どんな環境に置かれても、環境の奴隷にはならない。
論語の「南容、白圭を三復す」を味読する。

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【立ち返るべき原点を持つということ】

☯この講座のねらいと概要
この講座は、ただ単なる中国古典の勉強会ではない。
日本人が、そして、東アジアの人々が、自分の立ち返るべき原点を、中国の古典のなかに発見した。そのことを追体験する講座である。
つまり、ここであつかうのは、古典そのものよりも、その中に見出されてきた立ち返るべき基本を、先人たちがどう見出してきたかです。

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【.徳を同じくし、心を一にす「同徳一心・定分守職」】
易、そして、論語という謎

☯この講座のねらいと概要
普通、我々が、古典に興味を持つのは、「何か、先人の成功にあやかれるヒントはないか? もっとうまくやる方法はないか?」と思うからです。
ところが、「論語」には、体系的な記述は見当たらず、篇の名前すら、ただ冒頭の言葉を取っただけという、そっけなさです。
深遠な理論が展開されるわけでもない。それなのに、人生の指針を示す宇宙第一の書と言われてきたのです。
我々一般が本当に知りたいのは「では自分は、どうすればいいのか」という問いかけに対する明確な答えのはずです。
しかし、誰も、明確に答えてくれません。どこにもその答えが、ありません。
なぜならその人の求める指針とは、その人に固有なことの集積だからです。
易と論語は、その固有の答えに挑戦しています。
そして、多くの人に、明確な指針を与えてきました。一体、どのような機構になっているか、陽明学的に考えてみましょう。

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【「立志」について】
「『志』は気の帥(スイ・統率者)である」孟子 公孫丑上篇

☯この講座のねらいと概要
志は、あなた自身の社会へのメッセージである。あなた自身の気持ちを形にしてみよう。

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【仁】
「万物一体の仁について学ぶ」

☯この講座のねらいと概要
人間が、自己を知り、自己を受容するのみならず、自己を保ちながら世界との一体感を強く感じ、恒久的なこころの平穏を得る事ができ、しかも、自己と一体でもある世界に対しても無条件の愛情を感じる。
そういう仁の究極の姿について学びます。

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【ジタバタするな】
「「東銘」(へんぐ砭愚)張横渠に学ぶ」

☯この講座のねらいと概要
砭愚(へんぐ)とは、愚かさを直すということです。
偶然の過失を観ると、その人物の育った郷里の社会的教育力が分かる。
人間の過失というものをみると、人間関係の中で表れる立派な人間性というものがよりよく分かる。

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【祭るにはいま在すがごとくし】
「いのちを物語る力」

☯この講座のねらいと概要
実際にあなたがした言動こそ、「あなたは、あなた自身をどのように演じたか?」という答えでもある。
聞き手を選んで深く語り生きるのです。あなたは、これから、どんなドラマを演じるか。

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【【支配するのではなく統治する】   
「忘れられがちな原点」

☯この講座のねらいと概要
儒学の統治は、自分の意志で自分を統治することが、すべての基本であるということを学ぶ。

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【本当の「孝」について考える】
「頑固さというちっぽけな考えから自由になろう」

☯この講座のねらいと概要
「西銘」(訂頑)という名高い古典を通じて、心の自由について考える。
応用⇒毒親毒上司をどう考えるか?

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【「学に志す」とはどういうことか】
「危機管理の法則の法則」

☯この講座のねらいと概要
苦しい時にどんな手を打ったか(或いは、打たなかったか)が人生の分かれ目となることを学ぶ。

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【癒しと和みと志】

☯この講座のねらいと概要
安心立命の「立命」について考える。
天が与えてくれた自分の本性をそこ損なわないで全うすることを目指す。

​※上記以外の講座も多数ございますので、ご希望の方は下記フォームよりお問い合わせ下さい。
個別でのレクチャーご希望等、その他ご要望・ご質問がございましたら、下記フォームよりお問い合わせ下さい。

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​易つれづれ

陽明の易 

【立筮という行為の重要性を知るべきこと】

私自身は、立筮のことを、物理的には、宇宙の理気のダイナミズムの「測定」であり、心理的には、宇宙の意思のダイナミズムを「拝聴する」ものであると、感じています。
易を学ぶ人々のなかに、立筮をいやしむ人々のあることは、私も承知していますが、易が本当に天地を覆い尽くす道理を備えているのであれば、天地の、理と気の綾なす複雑なマトリックス構造の中の、力動的な混沌のダイナミズムを再現する「立筮」という実験方法を、試みないのは、もったいない。
また、占いにばかり凝っている人々のなかには、易は質問に対する答えが直接的でないとか、 当らないとか、という人々がいます。
当てかただけを手っ取り早くおぼえたいという人々は、易の道理を理解しようという気がなく、したがって、何も理解していないので、読み取れないのです。
大学や中庸を読み込み、論語に親しみ、 日々、日常の現実のなかで道の実践に励む心構えが、あなたに易の偉大さを実感させてくれることでしょう。

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【易是問諸天】伝習録より

易について、朱子のように卜筮を中心とするべきか、程伊川のように理を中心とすべきかを問われたとき、陽明は次のように答えた。
「易を立てることは、理を見極めるものであり、理も易を立てることによって見極められるのだ。
天下の理のなかで、易の卜筮によって見極められる以上に大きい物はない。」
後世の人たちは、易を占った時の卦の上のみのできごととしてしか見ないために、卜筮を小手先の技にすぎないと勘違いをしている。
現代の師弟の質疑応答や《「中庸」に説いている》「博く学んで、審らかに問い直してみて、慎み深く慎重に考えて、明らかに弁別して、篤実に実行する」などでのべられていることは、実はすべて易の占筮と同じことなのである。 つまり、易を立てるということは、自分ひとりでは疑いや迷いを払拭できない場合に、自分の心を神明にすること以外のなにものでもないのだ。
易とは、天に判断を請うことである。 人は疑いを持ったとき、自分自身の判断力を信じられないから、易によって天に問いかけるのである。 人間の心は、変動してやまないが、天には作為やごまかしが入る余地がないからである。

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詩経
「有物有則」
☯そこにあるモノから
 溢れ出し流れ出す気の動き  
 物そのものが語りかけてくる意味  
 モノそのものが語りかけてくる物語  
 心は機能になっているから、  
 こころは今 ここに現れている。  
 あれこれ夢中で工夫していると  
 どこかで必ず帰ってくるこころ。  
 人よ。ひとびとよ。  
 流れと動きをともなった  
 「ものがたり」のちからを知れ。  
 流れ出し溢れ出す世界の作り出す意味、  
 「モノ」が語る「語り」の力を思い出せ。  
 存在そのものの中に  
 その存在をそのものらしく秩序づけ、  
 そのものたらしめる原理が内在する。  
 存在とは、それ自体が意味であり  
 それ自体が秩序であるのだ。  
 かくて、溢れ出し物語るものが充満し  
 宇宙はこんなにも賑やかなのだ。

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開運のための提言
【幸福な出逢いを作る】

良知に聞く
良知に聞くと、さまざまな問題が解決する

易も、儒学も、老荘思想も 自然の智恵、聖賢の智恵を「自分のものにして」 人生のさまざまな問題を 『自分で』解決していくもの

良知に聞く
良知に聞くと、さまざまな問題が解決する

自分が突き当たっている壁が、消失するか、 或いは乗り越え可能になる
心理学でいうところの 未完結のわだかまり Unfinished Businessがそのままだと、 人生には、(或いは企業経営や国や社会制度の設計上の問題などでも)同じようなことが、 繰り返し訪れてくる

これを打破するノウハウがつまっている陽明学
東洋思想(儒学・老荘思想・易・尚書・礼記・春秋・論語・孟子・大学・中庸・老子・荘子・近思録・伝習録など)は生きるためのノウハウ集として使える


儒学や老荘思想は、自然の働きと聖賢の智恵を自分のものにして、 人生のさまざまな問題を解決していくもの

・・・自分の『良知』をヨリドコロにして 天然自然と聖賢の物差しを持って、  自分にふさわしい道を歩み続けること

自分自身の良知の教えを道しるべにして歩み続けると、それがそのまま幸福への処方箋になる

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陰陽
【①なぜ陰陽に相補性があるのか】

陰陽が直ちに入れ替わるというのは、陰陽の対立ではなく、陰陽の相互否定媒介的関係を意味する。あるものが定義されるためには、その対義語が定義されねばならないのである。我々が世界を感覚し認識するためには、コントラストが必要なのである。

【②なぜ陰陽に相補性があるのか】

東洋的な時間には、静止して動かない時間「無時間」の思想というのがあるのではないか。

そして、時間そのものは存在せず、時間そのものがないのであれば、存在するのは空間だけになるのではないか。ある一つの「無時間の空間」から、また別の「無時間の空間」への移動、あるいは移行が時間現象の本質なのではないか。

【易学的時間】
時間は、存在によって生み出される。易卦の構造では、時間が構造により生み出され、その構造を持つ存在に固有の時間が出現するという形で時間が記述される。
この立場に立てば、時間は独立では存在せず、空間自体が各々の静的な時間を我々に体験させるだけである。
誤解を恐れずに言えば、物理現象としての時間は存在しないことになる。このような立場に立てば、時間は空間によって生み出されるのである。
これが、時間が存在に固有の意味と機能を与えるという「東洋的時間区分」の背景にある「秘密のカギ」である。


【『陰陽の消長』ということ】
もともと存在しない時間は、生命現象のもとで知覚される。
生命の本質は時間なのである。
時間は命なのである。
われわれのいのち「生命」という現象の始まりは、時間の始まりであり、時間に始まりがあるということは終わりがある。
そこでは、閉じた時間・完結した時間が、相互否定媒介的に連続する。かくて時間は、実在のごとく機能するのである。

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【太極図の謎を解く】

太極は無極ということは、太極にはスピンがないということである。
我々が見慣れた太極図というのは、陰陽の回転で、まさにスピンである。
世界は確かに陰陽で成り立っている。
スピンがあるように感覚され、そのような陰陽循環現象が起こるのは、まさにまぎれもない体験的事実である。
だが、そのような太極のさらなる太極は陰陽消長を超越しているのである。
その中心をこそ強く観想すべきである。
そこは確かに冲虚を超えた虚としての極、無極なのである。
運動と静止が一体となり、時間を超え空間を超えた極でさえないもの、つまり「無極」あってこその「太極」なのである。

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特定商取引法

販売者 哲理館東洋思想研究所
所在地
〒814-0155 福岡市城南区東油山1-6-1ー1F
092-865-2389
代表 井手心斎


連絡先
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tetsurikantouyoushisou@gmail.com
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